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この「人」に、会いに行こう!in 上勝 vol.2 仁木啓介さん

この「人」に、会いに行こう!in 上勝 vol.2 仁木啓介さん

日本で自治体として初めて「ゼロ・ウェイスト宣言」を2003年に行った徳島県・上勝町。
生ゴミなどは各家庭でコンポストを利用。その他のゴミは住民自ら町内のゼロ・ウェイストセンターに持ち込んで45分別することで、リサイクル率は80%を超えており、住民主導のサステナブルな取り組みが国内外から注目されています。

でも、上勝町は決してゼロ・ウェイスト「だけ」の町ではありません。町の自然や文化を存分に感じ、楽しむことができる場所や体験、ツアーなどが多く存在しています。そこで鍵になるのは上勝の「人」。上勝の活力となり、地域を動かす人たちを紹介します。

文・板東悠希(ガイド/全国通訳案内士)


Vol.2で紹介するのは、株式会社上勝開拓団の代表取締役の仁木啓介さん。上勝に移住してから、映像制作の仕事を手掛けつつ、地元住民に愛されるバーを経営する仁木さんが、新たに始めた事業とは…?

2012年に東京から上勝町に移住してきた仁木さんは異色の経歴の持ち主。東京のテレビ番組制作会社で『世界ウルルン滞在記』や『情熱大陸』などのドキュメンタリーやドラマなどの演出を行ってきた「テレビマン」だったのだ。2009年にテレビ番組の取材で初めて訪れた徳島県上勝町の人々に惚れ込み、2012年に上勝町に移住した。

ちなみに、vol.1で紹介した藤井園苗さんが、当時の仁木さんとの出会いを語ってくれたのが印象的だった。

「仁木さんは上勝で取材を進めるうちに、『ゼロ・ウェイストの取り組みの、何がすごいのか…それは町自体でも、ゼロ・ウェイストアカデミーでもなく、本当にスゴイのは町民です!』と、そもそもの番組の設定を変えて制作・紹介してくれたんですよね」

「ゼロ・ウェイストアカデミーなど環境活動を取り上げる番組の制作と取材のために、2009年に初めて上勝町を訪れました。町長をはじめ、その当時にゼロ・ウェイストアカデミーの事務局長だった藤井園苗さんほか、たくさんの、かつ様々なかたちでゼロ・ウェイストに関わる人を紹介してもらい、会って話をしましたね。それをきっかけに、上勝町に年に3~4回くらい来るようになりました」

当時42歳だった仁木さんは、30代後半から地方に住みたいという気持ちが湧き上がってきていたこともあり、上勝との出会いは「タイミング」が奇跡的にぴったり合ったと言ってもいいのかもしれない。

「上勝の何が一番いいと思ったかというと、老若男女問わず、みんながワイワイ集まって、一緒に食事とお酒を楽しむんですよ。上勝の名物おばちゃんのキミちゃんなんて、一升瓶をらっぱ飲み!(笑) 僕もその場の仲間に入れてもらって、本当に楽しい時間を過ごすことができたんですよね。
その当時、ちょうどテレビの世界で『できること』も見えてきてしまっていたし、『何が楽しいか』を考えたとき、上勝への移住が自分にとっての選択となったんです。」

上勝に移住してから、仁木さんの大きな最初の動きとなったのはバーのオープンだった。「酒を飲むこと」が趣味と自他ともに認める仁木さんが始めたのは自然な成り行きともいえよう。

「上勝町内で、飲みに行けるところがあまりにも少なかったんですよね。月ヶ谷温泉か、山西旅館か…ぐらいしか思いつかない。さらに欲を言えば、やっぱり日本酒だけじゃなくて、いろんなお酒を飲みたいじゃないですか」

2013年2月に『Bar IRORI』をオープン(現『Restaurant & Bar IRORI』)。金曜日と土曜日、週末だけの営業だが今年で10周年を迎えた。今では、毎週多くの町民でにぎわうバーとなっていて、町外からも飲みに来る人も多い。そして、『Bar IRORI』は、上勝町内であれば無料で送迎をしてくれるという、ありがたいサービスがある…! 上勝町民および上勝町内の宿に週末に宿泊する人にとって、訪れないわけにはいかない場所だろう。

「日本一楽しい村をつくる」をミッションとして掲げる上勝開拓団が、2022年から新たに取り組んでいるのが、上勝の棚田米を使って作る「どぶろく」の製造だ。酒蔵の屋号は『エルミタージュ・バレー酒ブリュワリー』。しかし、そもそもなぜ「どぶろく」を造ろうと思ったのか…。

「毎年お米を買わせてもらっている近所の農家さんが、稲刈りのときにコンバインで棚田に転落して亡くなってしまいました。その奥さんが、お葬式が終わってしばらくして『もう田んぼはやめようと思う』と話しているのを聞いたとき、『田んぼ、うちにやらせてもらえませんか』という言葉が口をついて出てきた。お米が食べられないのが悲しいということよりも、この棚田の美しい風景を絶やしたくない、という想いだったんですよね」

ただ、棚田を引き継いですぐは、米づくりとどぶろくはつながっていなかったそうだ。「棚田での米づくりは全く儲からない」ことに気づき、町の農家の人たちも「お米は買った方が安い。棚田をやるのは景観保護のため」と言っている。そんなときに思い出したのが、昔飲んで衝撃を受けた「どぶろく」だった。

「棚田を引き継ぐにあたって、米づくりを趣味ではなく、事業としてやるには『どぶろく』だと思ったんです。上勝町内のお年寄りに聞くと、昔はそれぞれの家で造っていた…と。山から湧き出すきれいな水にも恵まれていますし。じゃあ、自分たちでどぶろくを造ってみよう!と。」

 最近はクラフトビールのようにどぶろくなど『クラフト酒』をつくる流れも出てきているということも知った仁木さんは、全国に小さな酒蔵を増やすため立ち上げ支援をしている『東京港醸造』で酒造りの研修にも参加。

「でもそのとき、酒造りを頼みたいな…と思える、上勝の一人の若者の顔が浮かびました。」

仁木さんが酒づくりを託すことにしたのは、高校のときからよく知る27歳の若き山田翔太さん。彼のおばあちゃんは他でもない、仁木さんが師匠と仰ぐキミちゃん。翔太さんなら上勝の風土と自然もよく知っているし、研究熱心で創意工夫が得意だから…と、彼を責任者に据えることにしました。

「自分でどぶろくを造ろうと思ってたけど、彼が責任者となったからには任せようと思いました。そして、2022年の年末に、はじめて『どぶろく庵仁(あんじん)』が完成。僕がかつて衝撃を受けたどぶろくと同じおいしさでしたよ。味として納得のいくものができたので、これからも磨き上げていきたいです」

『エルミタージュ・バレー酒ブリュワリー』では、『どぶろく庵仁』のほかにも、町の特産品であるスダチやユズ、ユコウなどの柑橘類、世界的にも珍しい発酵茶である『上勝阿波晩茶』を原料にした「リキュール」の製造も行う。

「ちなみに、どぶろく庵仁には市場で販売される『火入れ』タイプのものと、ここ、Bar IRORIでしか飲めない『生』タイプがあるんです。ぜひここに来て味わってほしいですね」

私も実際に、生も火入れも、どちらのタイプもいただいたが、すっきり飲めるけれどお米のおいしさと甘さという濃厚なおいしさもしっかり味わえるお酒だな…という感想。
生の方がドライで、火入れタイプの方は甘みがより感じられる印象。どちらも違ったおいしさと魅力を持つお酒に仕上がっていた。2023年に醸造されるどぶろくは、またどんな味になるのか楽しみだ。

そんな仁木さん、今は上勝開拓団の「崖っぷち社長」として奔走している。それは…このどぶろくの「営業」に!全国津々浦々、飛び込み営業までしながら売り込みに走り回っている仁木さん。その様子はYouTubeのチャンネルから見られるので、ぜひその奮闘記もご覧あれ。

とにかく、上勝に週末訪れたなら、Bar IRORIに足を運んで、仁木さんの話とおいしい料理を酒の肴に、生どぶろくをいただくべし。

■上勝開拓団webショップ
https://kaitakudan.base.shop/

■YouTubeチャンネル「どぶろくバカ一代」
https://www.youtube.com/@dobubaka/featured

■上勝開拓団
https://kaitakudan.net/

Restaurant & Bar IRORI
徳島県勝浦郡上勝町大字福原字庵ノ谷27
電話:090-2789-8577
営業:18:00〜23:30 (23:00 L.O) ※金曜・土曜のみ営業