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阿波の芸処「富街」で伝統文化を守り伝える

阿波の芸処「富街」で伝統文化を守り伝える

徳島で唯一内芸妓がお迎えをする富田町の「料亭しまだ」
富田町は、かつて富街(ふうがい)と呼ばれ藍産業関連の顧客をもてなす料亭が建ち並び芸姑文化が盛んでした。
明治になって芸姑検番(芸姑と料亭を結ぶ仲介所のようなものであり、芸姑のお稽古事を行う場所)が作られ、この街の料亭と置屋を結ぶシステムが確立し、四国を代表する歓楽街として成長しました。
富街の芸者衆はごく普通の家庭の娘たちがほとんどで、幼い頃から芸を磨き、その得意とする芸を持って生業としました。
それ故に芸者としての誇りを持って花街を闊歩する心意気の良さが富街芸者にはありました。

バー・ナイトライフ 伝統・文化 歴史


最盛期の昭和初期には芸姑だけで200人超と京都以上の規模を誇り、政財界人から文化人まで全国から旦那衆が足繁く通う街になりました。
その頃阿波の盆踊りに三味線と唄を合わせ芸姑に踊らせ、「お座敷芸」としての阿波踊りを花柳界に根付かせました。
阿波おどりと呼ばれるようになったのもその頃だと言われています。

その後、第二次世界大戦の徳島大空襲により富田町も焼け野原となったのち、復興の一環として今も残る区画整理が行われ、徐々に昔の賑わいを取り戻していきました。
そのうち料亭も数件ずつ復活し、芸姑の文化も回復していきましたが、時代の趨勢の中で、かつての文化が段々と淘汰されていきました。

そんな中、現在も唯一芸姑をかかえて、この街の文化を支えているのが「料亭しまだ」です。
時代に合わせて建物は新調したものの、全国から様々なお客様を迎えてきた店構えには堂々たる風格が残っています。
お料理、宴、もてなし、お座敷に流れる空気の中には、日本の伝統文化が色濃く漂っています。
徳島が誇る芸能文化を今も全国に発信し続ける場所として、これからも大切に守っていく価値があると感じます。

旬のもの、地のものをバランス良く組み合わせた料理がそれぞれのお客に合わせたタイミングで配膳され、その合間には芸姑を交えた会話が弾みます。
着物や髪型のこと、芸姑になるまでの修行のこと、普段の生活のことなど他愛もない会話が
美しい料理と芸姑の雰囲気がそうさせるのか、非日常的な時間を感じさせます。

メインの料理を頂いた後は、お酌の際の雰囲気とは売って変わり、古式ゆかしい舞いを披露して頂きます。美しい仕草、目線、衣擦れの音を間近に見られるのも料亭の良さではないでしょうか。
その後はお座敷遊びと言われる、シンプルなゲームを芸姑さんと一緒に楽しみます。
特別な道具は使わずに、お座敷の中にある物だけで楽しむ遊びながら、負けたらお酒を飲むというルールがゲームが進むほどに愉快な気持ちになり場が大いに盛り上がります。

しまだも他の花街と同じく、初めて行く場合は知った方に紹介してもらうなどの一見さんお断りの流れは残っていますが、
「この記事を読んでくださったのも何かのご縁と思いますので、来店ご希望の方は一度ご相談くださいませ。」
というメッセージを頂きました。

想像よりも敷居が高くない料亭しまだのお座敷体験。かつてこの街に魅了された人達と同様に
芸姑さんと優雅な時間を過ごしてみませんか。


料亭しまだ
徳島県徳島市富田町2丁目7-4
TEL.088-623-1181(要予約)

https://tokushima-ryoutei-shimad.amebaownd.com/