特集

この「人」に、会いに行こう!in 上勝 vol.4 八木直子さん

この「人」に、会いに行こう!in 上勝 vol.4 八木直子さん

日本で自治体として初めて「ゼロ・ウェイスト宣言」を2003年に行った徳島県・上勝町。
生ゴミなどは各家庭でコンポストを利用。その他のゴミは住民自ら町内のゼロ・ウェイストセンターに持ち込んで45分別することで、リサイクル率は80%を超えており、住民主導のサステナブルな取り組みが国内外から注目されています。

でも、上勝町は決してゼロ・ウェイスト「だけ」の町ではありません。町の自然や文化を存分に感じ、楽しむことができる場所や体験、ツアーなどが多く存在しています。そこで鍵になるのは上勝の「人」。上勝の活力となり、地域を動かす人たちを紹介します。

文・板東悠希(ガイド/全国通訳案内士)


Vol.4で紹介するのは、『しのぶちゃんの晩茶屋』を切り盛りする八木直子さん。2018年に上勝に移住し、上勝 阿波晩茶 にどっぷりと魅せられた彼女は、晩茶の販売のほか、「お茶会」で晩茶の飲み比べ体験を提供し、その魅力を発信している。しかし、八木さんには晩茶よりも紹介したいものがあるという。それはいったい何だろうか…?

「細かいことは気にしなくていいんですよ。そもそも飲み方やお作法なんてないですから。気軽に淹れて飲むのが上勝の阿波晩茶です」

参加者の目の前で軽やかに次々とお茶を入れていくしのぶちゃんから、肩ひじ張らない言葉が聞けて、席についているみんなの緊張がほどけて、リラックスした表情になる。

「しのぶちゃん」と呼ばれる八木さんが「お茶会」という名で開催する上勝阿波晩茶飲み比べ体験。6~7種類ほどの異なる農家さんから仕入れた阿波晩茶を淹れ、それぞれの特徴をスクリーンに映し出される笑顔の農家さんの紹介とともに、ソムリエを思わせるような(でも気取らないシンプルで分かりやすい)言葉で特徴を伝える。準備されたお茶菓子とともにお茶を一杯ずついただいていくと、それぞれが個性を持ったお茶なんだ…と実感できる。ゆったりとした時間のなか、上勝のユニークなお茶をいただけるのは本当に贅沢な時間だ。

このお茶会、日にちや時間は特に決まっているわけではない。「希望の日にちと時間と場所を相談してくれたら、都合を合わせてどこでも行きますよ」と、リクエストに合わせて出張してくれる嬉しいスタイルなのだ。もともと八木さんが営む『しのぶちゃんの晩茶屋』は店舗を持たず、イベント出展とオンライン販売、そしていくつかの産直市などへの卸のみ。上勝の10軒ほどの晩茶農家さんから仕入れる茶葉を販売している。この飲み比べ体験は2021年から新たに始めたプログラムだ。
お茶会には、八木さん自身が茶器とお茶のショーケースなどを持参し、空間の一角が一瞬にして『しのぶちゃんの晩茶屋』になる。

でも、八木さんの仕事はお茶の販売とお茶会を開催するだけではない。今、人手不足に悩んでいる上勝の阿波晩茶農家さんのお茶摘みを手伝い、発酵から天日干し、出荷するところまで携わっている 。

そもそも「阿波晩茶」とは、どのようなお茶なのか?
それは、徳島県の山間部で造られる、世界でも珍しい乳酸発酵の後発酵茶。その古風な製茶方法が2021年に国の重要無形民俗文化財に登録された。

独特の香りと爽やかな酸味が特徴の黄金色のお茶は、上勝で代々自家用として伝えられている。その製法は独特で、摘んだ茶葉を茹でてから揉捻し、桶に漬け込んでから天日乾燥をさせる。茶摘みから袋詰めまで、ほとんど全てが手作業で行われ、作る年によっても、作る人によっても風味や味がガラリと変わるのも面白い。自家用に作られるため市場にはそもそもあまり出回っておらず、生産量も限られているため、どこでも手に入るお茶ではない。ある意味「幻のお茶」と言ってもいいのかもしれない。
その阿波晩茶と八木さんはどう出会ったのか?

「もともと農業にも興味全くなし。お茶にも全然詳しくなかったんです。2018年、その当時のパートナーの就職の関係で上勝に引っ越してきて、仕事がなかった私はあまりにも暇で…。なにか地域にまつわるバイトがしたいな、と思って6~7月に晩茶摘みの手伝いをさせてもらったんですよ。そしたら、一気に上勝の人との交流が深まって。そのときはじめて『上勝に踏み込んだ』と思いましたね」

京都生まれ、京都育ちの八木さん。実は独特の風味を持つ上勝阿波晩茶がはじめは苦手だったのだとか…。でも、上勝に住む人たちが日常的に飲むお茶は、緑茶でも、麦茶でも、ほうじ茶でもない。必ずと言っていいほど上勝で作られた阿波晩茶だ。八木さんも毎日飲むお茶が、自然と上勝阿波晩茶に変わっていった。

「私が魅力だと思ったのは、阿波晩茶の味ではないし、その珍しい製法でもないんです。お茶という文化が上勝に根付いていること、それがうらやましかったんですよ。お茶農家の人はもちろん、そうでない人にも、共通言語として上勝の晩茶がある。町に住む人の根っこというか、ソウルというか…そこに必ず晩茶が根付いている。その共通言語を、私も習得したい、って思ったんです」

八木さんは、2018年秋に開催された『第3回上勝阿波晩茶まつり』にボランティアスタッフとして携わる。地域の人たちとイベントに参加できるのが楽しかった。そこからどんどん晩茶の世界へと分け入っていくにつれ、晩茶農家さんとも仲良くなり 、茶摘み以外の作業も教えてもらって上勝の晩茶について知識を深めていった八木さん。翌年の2019年11月に上勝町で行われたイベント『上勝秋の食欲フェス』で、自分が関わる晩茶を「農家さんに代わって、私が売りたい!」 と思い立つ。

「はじめは『しのぶちゃんの一人晩茶まつり』にしたかったんです(笑)。仲良くさせてもらっている晩茶農家さんのお茶を一堂に集めて披露したい、そんな気持ちでした。フードフェスの主催者は友人ではありますが、自分のやりたいこと、なぜ晩茶を売りたいのかを企画書にして持ち込んでプレゼンしましたね。そして、このイベント出展から、試飲と茶葉の販売を行う『しのぶちゃんの晩茶屋』はスタートしました」

『しのぶちゃんの晩茶屋』がスタートしてから4年、活動の幅もどんどん広がっている八木さん。でも、「お茶するんはもう今年で最後にしよかなぁ…」という晩茶農家さんの声もあちこちから聞こえ始めていて、その現状を寂しく感じつつも、現実として受け止めている。真夏の暑い中で行う茶摘みをはじめとする阿波晩茶づくりはかなりの重労働。「お茶づくりをあきらめる」という選択は、高齢になってくるとどうしても避けられない道だ。

「私がやりたいことなんですが、実は『晩茶を売りたい』というわけではなく、『上勝で晩茶づくりをしている人を紹介したい』。そこに尽きるんです。自分が関わることで大きく晩茶の現状を変えることはできないけれど、阿波晩茶と、晩茶に関わる人のことを語っていくことはできます」

極論すれば、お茶の一般的なストーリーや知識は、学べば誰でも伝えることができる。でも、上勝に住んで、農家の方々とつながっている八木さんだからこそ、提供する阿波晩茶が魅力あるストーリーとともに発信されていく。そこで伝えられているのは、阿波晩茶の歴史や文化、生活を受け継いでいる「人」なのだ。八木さんがお茶会で語る上勝の日常を切り取った阿波晩茶やその農家さんの話は、聞いていてとても心地よい。でも、その柔らかさのなかにも、八木さんの想いに裏打ちされた雄弁さがある。
阿波晩茶という『共通言語』。「習得したかった」と語っていた八木さんは、単にマスターするだけではなく、巧みに操ることができるようになった。上勝を知るために、訪れる人にはぜひかじってほしいこの共通言語。八木さんの手ほどきで、その奥深さをぜひ味わってほしい。

しのぶちゃんの晩茶屋
https://shinobuchan.shop/

しのぶちゃんのお茶会(上勝阿波晩茶飲み比べ体験)の依頼・相談は各種SNSのDMより 
https://www.instagram.com/shinobuchan.bancha/
https://www.facebook.com/shinobuchannobanchaya